風俗習慣と民俗

☆ 山にまつわる民俗・3☆


山の口
昔の林野(山)は、すべて入会山で、地域住民が共同で入山利用していました。
日本では古くから、林野を公物(おおやけの所有物)とみなす伝統がありました。
従って山へ入って、伐木採草するについては、一定のおきて(使用慣行)がありました。
「山の口開(あ)け」というのは、日時を定めて、「その日からは、伐木、草刈り、木の実とり、など自由にしてよろしい」というものでした。
昔は、一般に、立春から数えて八十八日目の八十八夜がすぎないと、山の口は開(あ)かないとされていました。
それで開田村では、春、秋二回の山の口開きがありました。
春は、田シバをとる頃−−普通6月の初旬−−、シバの咲き具合などをみて、むら(小字)毎に相談をして、日取りをきめて、むら中にふれたものです。
しかし、入会の山が、いくつかのむら(小字)の共同入会である場合は、関係するむらの相談できめねばならなかった。
また、秋は、国有林内のササ刈りに合わせて、秋のとりいれの終わったあとに、日をきめて入山することにしていました。
これらのしきたりは、林野の共同利用とむすびついて生まれ、伝えられたものであります。
山へ入ってよい初日を、「山の口開き」といったのも、何となく山村住民の生活感情にピッタリしたものです。
昔は、入会山の利用については文書化されないものの一定の「掟」があって、その「掟」を破ったような者からは詫び状をとって制裁を加えた。
例えば「山の口」があく前に、こっそり山に入るなど。

土用の薬草採り
野草ゲンノシヨーコ、オオバコ、センブリなどの薬草は、土用に採って、日影ぼしにするとよいといわれ、とくに土用の丑の日には、好んで薬草採集を行った。
他地方にみられる土用の丑の日に「ウナギ」を食べるという風習はありませんでした。
それは、この村には「ウナギ」があまりいないことによるものでしょう。
尚、末川の中沢、大明、向筋方面には、「どじょう」がよく住んでいたので、この辺では、土用に好んで「どじょう」を捕って食べた。


この内容は、長野県木曽郡開田村役場編集『開田村誌』を元に、旧開田村の許可を得て編集しています。
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