中型二輪免許(現、普通二輪)

高校三年の三学期に、夢にまでみた中型二輪免許を取りに行く。

同級生は皆自動車の免許を取りに行っていたが、私の場合は誕生日が三月の後半だったので、まだ教習を受けられなかった。
もっとも車にはまったく興味は無かった。
それよりも、あと数年生まれるのが早ければ、道路交通法改正前で中型限定免許で無かったと思うと、そちらの方が残念だった。

教習車は、HONDA HAWK2、卒業検定は、二回落ちた。
二回とも一本橋で脱輪だった。それにしても格好悪かったなー。

この後、大手光学メーカーに就職するため、長野県から東京に出る。 会社の寮が東京都品川区で、勤務先は横浜市だった。

KAWASAKI Z400GP
空冷DOHC 2バルブ並列4気筒、48PS。


一人で伊豆方面へ。1983年

会社に入ってから買った、KAWASAKI Z400GP。 本当は、高校の頃から憧れて続けていた、KAWASAKI Z400FXを買おうと思ったがすでに時代遅れとなっていた。
一人で房総方面へ。1983年
飲み友達はたくさんいたが、まだ一緒に走る仲間はいなかった。

そういえば、社内誌の新入社員紹介のコメントに、「山から来ました、何も知らないのでよろしくお願いします。」と素直な気持ちを書いたら、思ったよりうけてしまい恥ずかしい思いをした事を覚えている。

横須賀の観音崎


HONDA CBX400F
INTEGRA乗りの友人Kと。 1983年

この日、生まれて初めて交通違反のキップを切られる。

観音崎の駐車場を出る信号を右折したら、その先で警察官が待っていて止めらた。
右折禁止違反だという、標識があった様だが私には見えなかった。 おまけに今違反キップをきらしたからと、近くの交番まで連れて行かれ友人Kと共に、仲良く交通違反のキップを切られる。 先頭を走っていたのは私だったので、K氏には文句を言われた。

しかし右折禁止の場所だと解っているのに、何故警察官はその場所に居て注意を促さないのか!何故、交通違反をするのを待ってから、目の前に現われてキップを切るのか!
その待ち伏せのような卑怯なやり方に、今だに怒りをおぼえる。


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