開田ことば講座・その3

風土と方言...若干の特徴 ☆


開田の方言のなかには、万葉の古歌にうたわれた古語が、多少変形したまま残っていることがあります。
しかしそれが直ちに、古代日本の王朝時代にこの村に住民が住み、集落が発達していたとみるのは、やはり早計です。
むしろ、そいういう古語が、どのようにしてこの村に伝わったのか、そしてまた、どうしてそのような古語が変化せず、のちのちまで語り継がれたのかを探究することが、正しい歴史探究の立場です。

「開田の方言(言葉)には敬語がない」とよくいわれます。
そして、敬語がないことをもって、直ちにその村が何か野蛮な村のように結びつける考え方もあります。
しかし、本来人間が相互に意思を通じあうための言葉というものには、敬語というものは不必要だったのです。
とくに古代社会、ある意味では人間社会の階級差別がひどくなかった時代には、言葉に敬語はいりませんでした。

敬語というものは、人間による人間の差別、士・農・工・商といった階層差別がはげしくなった封建社会において盛んに用いられるようになったものです。
また近代民主主義が成長するにつれて、あまり不自然な敬語は消えて行きつつあります。
英語では、皇帝でも「彼」であり女王でも「彼女」です。
日本でも絶対主義天皇制の崩壊とともに、朕(チン)などという言葉も文字も消えてなくなりました.。

開田の方言に敬語がないのは、古い日本語がそのまま語り継がれたものと解すべきです。

* * * * * * * * * * * * * * * *

開田村に残る方言の1つ1つの単語について、その歴史的背影や地方的関連については、これから単語帳のなかで解明していきます。

ここではそのほかの音韻や語法上の若干の特徴をあげてみます。
準拠した文献は、『信州大学教授馬瀬良雄著「信州の方言」』、及び『旧木曽中学校教諭矢島満美著「木曽の方言」』であることをお断りします。

◆ 母音の「エ」「オ」の変化
単独の「エ」とか「オ」という発音が変化して「イェ」とか「ヲ」となる特徴。
ローマ字で表現すればE(エ)がYE(イェ)、O(オ)がWO(ヲ)となります。

[例] エがイェになるもの

枝・・・イェダ / 遠州・・・イェンシュー
絵・・・イェ / 柄杓の柄・・・ヒシャクのイェ

これは、室町時代末に来日したキリシタンの資料をみると、当時の日本の発音は、E(エ)ではなくてYE(イェ)、O(オ)ではなくてWO(ヲ)であったと記されています。
つまり開田村の方言と室町時代末の標準日本語がピタリ一致する訳です。
イェやヲの発音は、室町時代の標準的発音を今に伝える、貴重な存在だということです。

発音の例(音声)


「イェダ ヲッチマッテョー」


[意味]
枝を折ってしまった。



「ヲンナシューガ イェ カギータッタ」

[意味]
女の人達が絵を描いていた。
◆ ラ・ダ・ザ行子音の混同

[例]

(混同)ダチャカン
..(意味)らちがあかない /(正しい発音)ラチャカン
(混同)インドン
..(意味)印篭 /(正しい発音)インロー
(混同)ジョーホー
..(意味)両方 /(正しい発音)リョーホー

発音の例(音声)


「ソリャ ジョーホー トモ イェー」

[意味]
それは両方ともだよ。
◆ 撥音の促音化
ほかの方言では撥音で現れるところが促音になる特徴

[例]

サンド(三度) → サッド
トンダ(跳んだ) → トッダ
カンダ(噛んだ) → カッダ

これと同じ現象は、隣村岐阜県高根村日和田、山梨県の奈良田や静岡県大井川上流の井川一帯、さらに八丈島など、いずれも交通不便の地に共通しています。

発音の例(音声)


「トオグヘ トッダ スニャー」

[意味]
遠くへ跳んだそうだ。
◆ 否定の助動詞「ン」は西部方言形の特徴
開田村の方言では否定の助動詞に「ン」を使う。

[例]

ヤラン .............ヤラネー(東部方言形)
イカン(行かん)....イカネー(東部方言形)
セン ...............シネー(東部方言形)

発音の例(音声)


「ワンニャ ヤラン」


[意味]
あなたにはあげない。
◆ 東北系濁音化現象との共通点
東北方言の特徴の1つは、カ行音が第二音節以下にある場合、多くの場合濁音gに転ずる傾向がある。
これは開田村でも同様である。

[例]

柿・・・カギ / 竹・・・タゲ / 大根・・・ダイゴン
箱・・・ハゴ / かくれんぼー・・・カグネッコ
二階・・・ニガイ / 行く・・・イグ /泣く・・・ナグ

このカ行・タ行の濁音化は東部方言の特徴です。
このように発音になまりがあることを「舌だむ」といいます。

発音の例(音声)


「ニガイニ カギ モッテ イグデ」


[意味]
二階に柿を持って行くよ。

舌だみ発音が東部方言の特徴であることを歌った歌を記して、次回の本格的単語の解説へ続きます。

「あづまにて養われたる人の子は、舌だみてこそ物は言ひけれ」

* * * * * * * * * * * * * * * *

<単語帳>

筆者が今でもよく使う面白い言葉・・・主に末川地域のものです

単 語
意 味
使 用 例
★ 使用例の音声 ★
ヒナミ 天気、天候 今日は天気がいいのでふきのとうを取ってこようか。
キョウハ ヒナミ イェデ ホーギンジョ トッテコスカ
ホーギンジョ
ふきのとう
(ウ)ンナッチ お前の家
お前の家のじいさんはよく知っている。(物知りだ)
(ウ)ンナッチノ ジハ ヨウ ヨシッタ
おじいさん
ヨシッタ 知っている
アイラッチ
あいつの家
あいつの家に行って飲もうか。
アイラッチ イッテ ノマスカ
コゴラ この辺 あなたは、この辺に居なさい。
ワリャー コゴラニ イタレ
イタレ 居なさい
キャンノ こんなの こんなのカビが生えてしまったけどどうしようか?
キャンノ カブッチマッタガ イゲセスカ?
カブル カビが生える
イゲセル どうする
シャンノ
そんなの そんなの捨てなさい。
シャンノ ブチャリャー
ブチャル
捨てる

 

 


『開田のことば』の目次へ戻る