そばと言えば・・・(その1)ちょっと淋しい開田の事情 近年改装して綺麗な店構えになりましたが、開田村に、もう何十年も前から営業している食堂があります。 以前は、少し色褪せた看板を見落とすと、通り過ぎてしまいそうな店でした。 いわゆるドライブインで、ご飯物の他、そば、うどんなどの麺類もあり、皆ごく普通の値段でした。 しかし、そばは開田産のそば粉を使用しており、そば打ち上手と評判のおばちゃんが打った、正真正銘の開田の手打ちそばだったので、一部の観光客の間では「知る人ぞ知る本物の開田そばが気軽に食べられる店」だったようです。 実はこの店、ワタシが知る開田村の人間の間では「うどんがうまい」と評判の店でもありました。 ところが、昨今のそばブームのせいでしょうか、改装した頃からメニューも少し変わり、うどんが無くなってしまったそうなのです。 某そば工場に勤める私の友人は、「あそこの肉うどんはうまかったのになー」と、とても悲しんでいました。 開田村には、うどん好きも結構多いです。 |
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開田のそばも売っています |
身を持って知る「グローバル化」の話 開田には方言があり、昔から開田弁と呼ばれています。 小学生の頃、若くして赴任した担任の先生に開田弁が通じず、意思の疎通が難しい事がしばしばありました。 家での事とか友達同士の事とか聞かれて開田弁で答えると、先生はよく分からない言葉などを「どういう意味か?」と、また質問するのです。 こちらとしても、開田弁は日常生活で普通に使っている言葉なので、他にどんな風に言ったら理解してもらえるかなんて、考えた事もありません。 仕方ないので、身振り手振りを交えたうえに、皆でよってたかって更に開田弁で説明したものでした。 TV番組でよくある、世界の秘境ドキュメントものを思い出してみて下さい。 わけがわからずとりあえずニコニコしているレポーターを、地元の子供が取り囲んで、じたじたばたばたばた、あーだこーだと騒いでいる図。 ・・・状況としては、そんな感じです。 今から思えば、大人も子供も訳の分からない言葉を喋っていて、よそから赴任した先生は、今よりもっと苦労した事でしょう。 それから数十年、開田村も過疎化が進んでしまい、子供の数がかなり少なくなりました。 そして「最近の開田の子供は開田弁を喋らなくなった」と、小さな子供を持っている知人に聞きました。 観光地化で、大人も開田弁以外を話す機会が増えたり、テレビやゲームなど周りの影響もあるのでしょう。 更に子供の両親とも開田生まれという家庭も少ないようなので、仕方のない事なのかもしれません。 学校は、開田弁以外の言葉に占領されつつある様です。 なんだか寂しい・・・。 |
子供にとってあたり前だから |
『ブランド・ビレッジ』って?? 子供の頃木曽福島の町に行く時には、イッチョウラ(一張羅)の服を着て、綺麗に身支度をして出かけていました。 そして町に着いたら、なるべく開田弁は喋らないようにして、「開田村の人間」と、さとられないようにしていた気がします。 その頃の開田村は、幹線路から外れて文明社会から取り残された「山奥の村」という感がありました。 開田村の人間は、他所に出ると、少なからず劣等感を感じる人が多かったのではないかと思います。 最近の話です。 ある時、木曽の宣伝チラシか何かに「木曽を代表する風景」という題で、開田村で撮影された風景写真が紹介されていました。 確か記憶では、開田村は「木曽のブランドビレッジ」ともうたってあったと思います。 なんとも、昨今の開田高原の評価の高さには複雑な気分です。 |
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