夏・・・高原の季節。
子供の頃の夏と言えば、とにかく川! 小さい頃は、だいたい各集落ごとに、川の水をせき止めた子供用の水泳場がありました。 夏休みになる前に、大人も子供もみんなで川に石を並べて積んで、水泳場を作ります。 水温の低い時は赤旗が立てられ、水泳は出来ませんでした。 しかし赤旗が立っていなくても、開田の川の水温は低いので、10分も泳げば唇が紫になり震えが来ます。 そこで水泳場の横の川原には、大きめの平べったい石を並べて自分専用の石のベットを作って置いて、太陽で暖まった石で冷えた体を暖めます。 極楽です。 |
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魚獲りもかかせない ちなみに開田では、川にいる魚を、「いを」「よお」「ゆを」などと言います。 獲れる魚は、いわな、たなびら(やまめ)、にじます、かじか等です。 一般の釣り人などは遊漁料が必要だったのかもしれませんが、地元の子供には関係ありません。 獲り方はいくつか有ります。 一番単純なのは、魚がいそうな石の下にそっと手をつっこんでつかむ方法です。 魚はぬるぬるしているので、しっかりつかまないと逃げられてしまいます。 状況によっては全体をつかめない場合があり、尾ビレ等に爪を立てて引きずり出してからつかみます。 滑らないように軍手をする仲間もいました。 |
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次に良くやるのは、すいめん(底にガラスを貼った箱)か、水中めがねで川の中を覗いて、ヤスという道具で魚を突く方法です。 すいめんは自作のものがだいだい各家にありました。 水中メガネとヤスは村の商店に売っていました。 水中メガネは、使用する直前に川原に生えているある草の葉を,汁が搾れるくらい石で潰してからガラスの部分に塗り付けてすすいでおくと、曇りにくくなります。 (これはどこかの国の原住民がやっていたのを、最近TVで見たような気がする・・・) 他に曇り止めとして、つばを付けてすすいでおく方法もありました。 ヤスは、先端とかえしの部分をあらかじめヤスリで鋭く研いでおきます。 これは、とっても危険な道具でした。 |
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通常ヤスをもって歩くときは、せっかく研いだ部分が摩耗しないように,先端部分を上にして持ち歩きます。 ある時友達が魚を獲りに川に入ったとたん、石で足をすべらせ転びそうになり、運悪くその時先端部分を手のひらで握っていたため、親指の下の部分に刺さってしまったそうです。 魚が抜けない様にするための「かえし」が付いているので、抜くのに痛いわ血は出るは大変だったらしい・・・。 |
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ゆらゆらと泳いでいる魚は、ヤスで突いてもまず刺さりません。 そこで水中メガネで見ながら、石をそーっとはぐったり(めくるに近い意味です)、石の下を覗き込んだりして、魚が見えたと思ったらすかさず突きます。 一瞬でも間があくと、ほとんどの魚は逃げて姿がありません。 夏になると、小学校の時の担任の先生は、「魚獲りに行っても、あわてて自分の足や手を突かないように注意しましょう!」と子供たちにいつも言っていましたが、そんなマヌケな奴は、周りにはいませんでした。 しかしある夏、その先生は、魚と間違って自分の足を突いてしまいました・・・。 |
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川干し(カーボシ)というワザもある これは何人かで協力して時々やりました。 川の中洲などで、流れが二股に分かれている所が適しています。 後はそこに魚がいる事を願いながら、一方の流れの方に水が行くようにひたすら石を投げ入れ、川を堰止めて水を少なくし川を干します。 川を下る魚を逃がさないように、大きな網を下流に仕掛けておきます。 水が少ないので、手や小さな網で魚を獲ります。 だいたい数匹から数十匹の魚が獲れます。 獲物はみんなで公平に分けます。 夜は大人と一緒に行動します。 夜中には父親と一緒に山奥の小さな沢に行き、カンテラの灯りをたよりに水の中を覗き込むと、魚が寝ながらゆらゆらと漂っています。 それを網で次々すくいながら沢を登ります。 良い沢なら簡単に数十匹の魚が獲れました。 |
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ところで、子供は昼間獲った獲物をどうするのか?・・・というと、家に持って帰る場合もありました でも、マッチと塩を持って行って、腹が減ったら流木をあつめて川原で焼いて食べる・・というワイルドな事も多くありました。 時々は朝から川に行って、夕方まで帰って来なかったりもしました。 当時の開田の子供は、釣りなどした事がなかったのでした。 |